家紋市場家紋マークのドームシールやキーホルダーを作っちゃおう!!
お目当ての家紋を探して、家紋の立体シール(エンブレムシール)メタルドームキーホルダー、ハメパチキーホルダーを注文できます。

ドームシール、メタルドームキーホルダー、ハメパチキーホルダーをあなたの家紋で作成いたします。
家紋市場

年末年始休暇のご案内

  • 2016年12月28日(水)〜2017年1月5日(木)は冬期休暇とさせて頂き ます。
    上記期間中もご注文は承っておりますが製作作業は1月6日(金)以降となります。予めご了承の程お願い致します。また、年内のお届けが難しい 商品もございますので、お急ぎの場合はお問い合わせ頂けますようお願い致します。

ニュース

姉妹サイト「和市場」では様々な家紋グッズを販売致しております。

下記バナーより「和市場」へもお越し頂けますようお願い申し上げます。

和市場:家紋グッズいろいろあります

 

おすすめ商品

 

家紋入り御朱印帳
家紋入りアルミスライドカードケース
家紋エンブレム
家紋蒔絵シール
家紋額 ー円(つぶら)
家紋ハンカチ

「和市場」ではこの他にも沢山の家紋グッズをご用意しております。

ゆず 10万人を二人で魅了。東京ドームで弾き語りライブ

【ゆず20周年突入記念弾き語りライブ ゆずのみ】が11月26日、27日の2日間、東京ドームで開催され、2日間で約10万人を動員した。ここでは2日目の公演をレポートしていく。(中略)
「DOME☆BOMBAYE」。"元気があればなんでもできる"という歌詞がリアルに響くのはたった二人でドームに立っているゆずが歌っているから。北川はピアニカを吹いたり、新登場のパーカッションセット"スーパーリズムファクト 囃子(はやし)くん"でリズムを刻んだりと大活躍。前半は初期の曲が数多く演奏された。「贈る詩」では地区ごとに観客がコーラスで参加して、最後に全員の合唱になった瞬間、会場内が感動で包まれて、ゆずの歌はみんなの歌なのだと実感した。"囃子くん"に組み込まれた"家紋(かもん)くん"でサンプリングされた郷ひろみの"カモーン"という声を使った「3番線」、大島優子の声を使った「Go★Go!! サウナ」など、楽しい演出もあった。(後略)(ヤフーニュースより)

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なぜ、お年賀にタオルを配るのか?

 年末年始には、何かとさまざまな贈答品が必要となってくる。その一つとして、年始にはタオルを配って"あいさつ回りするというのも定番。しかし、そこで疑問に思うのが「なぜタオルを配るのか」ということである。そこで、正月のあいさつ回りに欠かせない「お年賀」の由来、タオルを配る理由を調べてみた。(中略)
 その中でも、有力なのが関東の歌舞伎役者や落語家、大相撲の力士から広まったというもの。新年を迎えるにあたり、日頃から応援してくれているひいき筋に自身の名前や家紋などを入れた手ぬぐいを配ったのが由来とされている。また、当時から酒屋や魚屋などの問屋がお得意先に同様の手ぬぐいを配る慣習もあったといわれるが、その後、西洋文化が浸透するにつれてタオルが愛用されるようになった。(後略)(ヤフーニュースより)

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かわら版が伝えた黒船の熱狂、思わず吹き出すテキトー翻訳「ふくりんひ」

 「これはないでしょう」と思わずツッコミを入れたくなるような「江戸時代版 日本語英語対照表」など、歴史の教科書には載っていない、思わずクスッと笑ってしまう、かわら版が伝えた黒船フィーバーを大阪学院大学准教授の森田健司さんが解説します。(中略)
 かわら版の左側には、荒い多色刷りで、黒煙を上げる黒船と、上陸して行進する米兵たちが描かれている。なんとも勇ましく、強そうな一行である。それに対し、右側に並ぶのは、江戸湾を防備する大名の名前である。こちらも錚々たるメンバーが、警備担当地域、役職、家紋などと共に記載されている(後略)(ヤフーニュースより)

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「もうひとつの…」から卒業 沼田市が「真田の里」前面に観光ポスター刷新

 「真田の里」として全国に発信するため、群馬県沼田市は、"真田色"を前面に出した観光ポスターを2種類作成した。同市出身の俳優、石井愃一(けんいち)さんが真田氏の初代沼田城主、真田信之に扮(ふん)し、硬軟を使い分けた表情で沼田をアピールしている。(中略)
 ポスターは、真田氏の家紋の六文銭を背景に、市職員が考えた「真田はここにある」の言葉とともに、石井さんが胸に手を当て静かに訴える重厚な印象のものと、喜劇でも活躍する石井さんらしいおちゃめな表情で「はーけぇるん?(もうお帰りですか?)」と呼び掛けるタイプがある。市内で来年3月まで開催している上州沼田真田丸展についても記した。(後略)(ヤフーニュースより)

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イチ押し!会津牛ハンバーグ 19日オープン、道の駅猪苗代のレストラン

 福島県猪苗代町に19日オープンの「道の駅猪苗代」のレストラン「ダイニングI(アイ)」は地元産にこだわる。(中略)
 泉崎村出身で料理家の本田よう一さん監修の弁当は会津藩主保科家の家紋を模した九分割のデザインで、会津地鶏や車麩(ふ)を使ったおかずなど10品が入る。(後略)(ヤフーニュースより)

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伊達政宗、織田&徳川vs武田など戦国武将名残の楽しいPA

 「高速道路が民営化されて10年が経過。以前は目的地に向かう途中でトイレ休憩などのために立ち寄る場所でしたが、各エリアとも個性的に進化し、わざわざ行きたくなる施設も増えています」(日本サぱ協会・山形みらいさん)。(中略)
 「上りは武田軍、下りは織田・徳川軍のイメージで、敷地内を見渡せる物見櫓や馬防柵も再現されています。いたるところに両軍の家紋が施されていて、それを探すのも楽しいですよ」(後略)(ヤフーニュースより)

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大人女子にオススメ 秋冬にぴったりワイン7種

 沖縄の人気ブロガー「Nさま」セレクト!  ワインがおいしい季節になりました。フレッシュなボジョレーもいいけれど、大人女子としては個性豊かな自分好みの1本を見つけたい! ということで今回は、おいしいものを知り尽くしている沖縄の人気ブロガー「Nさま」に、これからの季節にオススメのワインを紹介していただきました。(中略)
 日本で一番多く使われている家紋「違い鷹羽(ちがいたかは)」をラベルにあしらったこれらのワインは、2人の娘たちの結婚式をワインで祝ってあげたいという杉本夫妻の思いつきからスタートしたそうです。(後略)(ヤフーニュースより)

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浜松で「井伊直虎」関連の菓子販売へ 大河ドラマ放送に向け続々

 浜松で現在、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」放送開始に向けて井伊直虎に関連する菓子が続々と販売されている。(浜松経済新聞)(中略)
 「ホテルクラウンパレス浜松」(中区板屋町)では、「井の国 戦国浪漫(ろまん) 直虎と直親(なおちか)クッキー」(「直虎クッキー」5個+「直親クッキー」5個の計10個入り=1,080円)を販売する。直虎といいなずけだった井伊直親の恋物語をテーマに同ホテルの中国料理店「鳳凰(ほうおう)」の料理長の岡部悟さんが考案した。井伊家の家紋「橘」にちなんで三ケ日のミカンの皮を使ったオレンジ色の「直虎クッキー」と直親が信州時代に愛用した「青葉の笛」をイメージし、掛川茶を使った緑色の「直親クッキー」の2種類を1箱に入れる。(後略)(ヤフーニュースより)

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以前の豆知識

 

 

和市場:家紋グッズいろいろあります

家紋書籍「女紋」

家紋入りiPhoneケース

家紋入りガードフィルム

家紋額 ー円(つぶら)

家紋エンブレム

陶器製家紋入り楯

家紋ストラップ長方形3025

「和市場」ではこの他にも沢山の家紋グッズをご用意しております。

紋柄別に家紋を探す

 

 

ご希望の家紋がみつからない!!
数種の紋柄を組み合わせてオリジナル家紋を作りたい!!
ストラップ(マツバ)にして作ってほしい!!
など、お気軽にお問い合わせください。

姉妹サイト「和市場」でもその他家紋グッズ色々あります。

お問い合せ

家紋とは古くから伝わる大切な家の印で、平安中期以降、公家が用いた興車や束帯などを他人と区別することを目的として使用されるようになり、いつしか世襲となりその家の紋章となったものです。
その後、武家の時代になるとともに馬印・指物・幌・幕・衣服・調度品などに家紋を表示するようになりました。
2万種とも3万種類とも言われている、日本で育まれた伝統文化の一つですが、家紋には著作権がなく(一部例外あり)だれでも用いる事が出来ますので、皆様もぜひ家紋グッズで楽しんでみてはいかがでしょうか。

戦国BASARA

おすすめ商品

家紋スタンド・楯 家紋携帯クリーナー 家紋ひし型キーホルダー 家紋メタルドームキーホルダー大 家紋ストラップ風雅G 木曽檜一合枡

まめ知識

家紋や名字、その他「和」に関するミニコラム

前回までのまめ知識

  • もっと「家紋」を知りたい。という方へ
    今や入手困難な文献、書籍、紋帖など。また手に入れるにしても高額なもの、などもありますが「もっと深く家紋とつきあいたい」とおっしゃる方へのインフォメーションとして下記をご紹介しておきます。 お買い求め、または図書館等での閲覧の一助にして頂ければ幸いです。

    『見聞諸家紋』戦国時代

    『女中達紋尽』元禄10年(1697)
    『風流替紋づくし』延享年間(1744〜48)

    『早引紋帳大全』文政7年(1842)
    『風流紋帖早見大成』文久年間(1861〜64)
    『図解いろは紋帖大成』不明(昭和8年復刻版)
    『伊呂波引紋帳』明治14年(1881)
    『広益紋帖大全』明治24年(1891)
    『紋かがみ』明治36年(1903)
    『紋の志おり』明治39年(1906)
    『紋づくし』大正4年(1915)
    『紋之泉』大正15年(1926)
    『江戸紋章集』昭和2年(1927)
    『紋典』昭和7年(1932)
    『標準紋帖』昭和10年(1935)
    『平安紋鑑』昭和11年(1936)

    『日本紋章学』大正15年(1926)
    『綱要 日本紋章学』(普及版)昭和3年(1928)
    『紋章の研究』昭和15年(1940)
    『日本紋章大図鑑』昭和53年(1978)
    『紋章の再発見』昭和55年(1980)
    『日本家紋総鑑』平成5年(1993) 『紋帖による紋の違い』平成9年(1997)
    『都道府県別 姓姓家紋大事典』平成16年(2004)
    『家紋の事典』平成20年(2008)

以前の豆知識

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答え10036
足利尊氏の家紋は「足利二つ引両」。室町幕府の創設者。後醍醐天皇の挙兵の際、鎌倉幕府側として軍を率いて上洛したが、途中で反幕府を掲げて六波羅探題を攻略し、幕府に大打撃を与えた。後に後醍醐天皇と対立、征夷大将軍となり後の室町幕府を開いた。(引用:「家紋の世界」(株)インデックス発行)
答え10035
竹崎季長の家紋は「三つ目結に吉文字」。肥後国の御家人で阿蘇氏の一族。元冠における戦功の恩賞がないことを不服として鎌倉に出向き、幕府ヘ直訴。その結果、肥後国海東の地頭に任命された。元冠での自らの戦功を描かせた『蒙古襲来絵詞』でも知られる。(引用:「家紋の世界」(株)インデックス発行)
答え10034
菊池武房の家紋は「並び鷹の羽」。肥後国に本拠を置く菊池氏の十代当主。元寇での武勇が知られ、1274年の文永の役では、弟とともに出陣し、活躍を見せる。また、1281年の弘安の役においては、一族を率いて戦い、武功を挙げている。(引用:「家紋の世界」(株)インデックス発行)
答え10033
菊池武房の家紋は「並び鷹の羽」。肥後国に本拠を置く菊池氏の十代当主。元冠での武勇が知られ、1274年の文永の役では、弟とともに出陣し、活躍を見せる。また、1281年の弘安の役においては、一族を率いて戦い、武功を挙げている。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10032
少弐景資の家紋は「寄掛目結」。筑後国の豪族。父や兄とともに、文永の役を戦う。この中で、敵将の劉復亭を矢で射止める武功を挙げた。これが認められ北九州に勢力を拡大したが、後に兄との家督争いに敗れ、命を落とす。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10031
和田義盛の家紋は「七曜」。三浦氏の一族で、頼朝の挙兵に参加。初代侍所別当を務め、頼朝の信頼も厚かった。頼朝の死後、有力御家人の失脚追放で北条氏に荷担するものの、自身も北条義時によって挙兵に追い込まれ、討ち死にする。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10030
宗像長氏の家紋は「丸に一つ柏」。宗像氏は筑前国の名族で、古くは玄界灘付近の海域を支配した海洋豪族である。また、宗像大社の大宮司家という役もあった。四十八代の長氏は弘安の役での奮戦により、幕府から肥前国神埼郡を与えられている。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10029
佐々木信綱の家紋は「平四つ目結」。源平の合戦で頼朝を助けた佐々木定綱の子で、宇治川の戦いの先陣争いで知られる佐々木高綱の甥。承久の乱に幕軍として参加し宇治川で武功を挙げ、官軍側についた長兄に代わって近江地方の地頭職を得る。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10028
三浦義村の家紋は「三つ引両」。源氏方として挙兵し、鎌倉幕府成立後には北条氏に並ぶ力を持つ重臣となる。権力争いへの介入に積極的で、梶原氏、畠山氏、和田氏ら有力御家人の排斥に関わった。北条氏とも水面下で火花を散らしている。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10027
畠山重忠の家紋は「村濃」。頼朝の忠勇の士として知られる。当初は平家方に属したが、後に頼朝に臣従。知勇を備えた武将であり、幕府創設の功臣となる。頼朝の没後、頼家の後見人を任されるが、初代執権の北条時政によって謀殺された。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10026
比企能員の家紋は「丸に割り菱」。頼家に娘を嫁がせ将軍の外戚として権力を持ち、その台頭を快く思わない北条時政・義時と対立を深める。これが「比企の乱」につながり比企氏は滅亡するが、実際には北条氏の大軍が一方的に攻め込んだものである。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10025
北条義時の家紋は「三つ鱗」。鎌倉幕府の二代目執権。武力と謀略で北条氏の権力強化と武士政権の確立を図った。後鳥羽上皇が起こした承久の乱を鎮めると、朝廷の監視機関である六波羅探題を設置して、朝廷と幕府の力関係を逆転させた。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10024
結城朝光の家紋は「左三つ巴」。小山朝政の異母弟で、頼朝の乳母を母に持つ。頼朝から下野国結城の地を与えられ、結城と名乗る。若い頃から念仏に傾倒しており、晩年は出家して信仰に生きた。それゆえ、幕府の内紛には巻き込まれることがなかった。(引用:「家紋から日本の歴史を探る」(株)インデックス発行)
答え10023
答えは「日月(じつげつ)紋」。菊紋は後鳥羽上皇が用いはじめ、その後宇多天皇のときに正式な紋章と定めらましたが、もともとの家紋は「日月紋」で、現在も皇室で使用されています。
答え10022
小山朝政の家紋は「左二つ巴」。頼朝の挙兵に呼応し早々に参戦、一貫して源氏側に立って戦功を挙げてきた。その後、下野国の守護に任命される。父・政光の後妻は頼朝の乳母で、頼朝の平家打倒の書状に応え、実子・朝光を伴い参じている。(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)
答え10021
熊谷直実の家紋は「ほやに鳩」。頼朝に仕え活躍し御家人となるが、もとは平家方の武将であった。石橋山の戦い(1180(治承4年)8月)で敗れ山中に身を潜めていた頼朝を見つけるが、洞窟に潜ませほや(ヤドリギ)で入口を隠し、彼をかくまったという逸話が残る。(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)

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