HOME >> 豆知識
豆知識

まめ知識

家紋や名字、その他「和」に関するミニコラム

同じ桔梗紋! 坂本龍馬は明智光秀の子孫だった!?

 明治維新の英雄、坂本龍馬の家紋といえば桔梗紋。この桔梗紋は、明智光秀の家紋としても知られている。光秀の居城地が近江坂本だったことなどから、龍馬が光秀の子孫であったという説が囁かれることがある。真相はどうであろうか。歴史人2月号では、家紋研究の専門家で歴史研究家の高澤等氏がその真偽について解説してくれている。


「明智光秀といえば本能寺を囲んだ桔梗の紋が有名である。明智氏は清和源氏頼光流土岐氏の一族と言われているだけに、桔梗紋を用いていた。


 そして「組合角に桔梗」の紋を用いて幕末を駆け抜けた坂本龍馬は、その使用紋と、名字が光秀の居城地坂本と同じことから、光秀の娘婿左馬助光俊(明智秀満)の子孫であるという説がある。


 この説は明治16年(1883)に坂崎鳴々道人《さかざきううどうじん》が土陽新聞に連載した龍馬の伝記小説『汗血千里駒』で採り上げた。


『坂本龍馬其人の来歴を尋るに其祖先は明智左馬之助光俊が一類にして江州坂本落城の砌り遁れて姓を坂本と改め一旦美濃国関ヶ原の辺にありしが其後故ありて土佐国に下り遂に移住て郷士となり今も家の紋処は桔梗を用ゆる…』


 と、ある。しかし本当のところはどうなのだろうか。京都霊山護国神社にある坂本龍馬の墓石には「坂本龍馬紀|直柔《なおなり》」と彫られていて、龍馬自身は紀貫之の子孫と称していたようである。


 また高知県にある坂本家の墓所を見ると安永8年に死去した坂本直益以前は、家紋がまだ「丸に田の字(丸に角轡《かくくつわ》)」であったことが確認できる。そして名字も「大濱」であった。つまり明智に結びつくはずの名字や家紋は初代から受け継がれていたわけではないのである」


 ロマンのある話であるが…。


〈『歴史人』2018年2月号「戦国武将の家紋に秘められた謎」より。〉


/.paragraph


文/歴史人編集部

有名人の家紋 134(細野晴臣)

丸に右寄り三階松紋
  • 細野晴臣 。1947年7月9日 - 、 ミュージシャン。 東京都港区出身。祖父は日本人でタイタニック号に乗船し事故から生還した細野正文。大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを坂本龍一、高橋幸宏とYMOを結成、成功を収める。家紋は丸に右寄り三階松。画像は多磨霊園の正文氏の墓所にて撮影。 (参照:一本気新聞)
  • 有名人の家紋 133(星新一)

    九曜紋
  • 星新一 。1926年9月6日 - 1997年12月30日、 SF作家。 東京府東京市本郷区曙町に生まれ育つ。ショートショートの神様と呼ばれ、生涯で1001編以上の作品を残す。小松左京・筒井康隆と並んで「SF御三家」と称される。星姓にはこの九曜紋が多い。画像は青山霊園の墓所にて撮影。 (参照:一本気新聞)
  • 豆知識
    HOME >> 豆知識
    ページのトップへ
    特定商取引法の表示プライバシーポリシーサイトマップ